時が流れるように(インターステラーを見て)

これはすごい、という映画に時々出会います。子供の頃なら何を観ても面白いけれど、だんだんと大人になってきて、沢山の映画を見てくれば、興味深さが感じられる映画は少なくなってきます。

ようやくインターステラーを見ました。日本で盛り上がっていた頃は観る気が起こらず、最近友人から紹介されたきっかけがあって、鑑賞しました。はい。名作です。

どこから手を付けていいかわからないほど、この映画には様々な要素が含まれていますが、時の流れについて考えさせられる映画だといってよいと思います。私にとっていえば、バックトゥザフューチャーと同じぐらいの影響力の大きさがありました。

ウラシマ効果とは一体何なのか、これ以上分かりやすい教材はないでしょう。時間の流れが違ってしまった親子関係。娘が父親よりも先に老化してしまう。時の流れって、何なのでしょうか。

地球上で生きている限り、それは同じ重力のもとにある限りということになりますが、すべての人間には平等に時が流れる。だからこそ、何事もなければ、親が先に死にゆく。10年たてば、公平にすべての人間は10年分の年齢を重ねる。当たり前のようでいて、これもまた実は当たり前のことではないのかもしれません。

時は無情なほどにすべてを洗い流す、と桜井某は歌いましたが、「時:とき」って興味深いものです。

ある意味で、時のようでありたいと思います。

どんなことが起ころうとも、どんな影響があろうとも一定方向に安定して進みゆくもの。どんな人に対しても公平であるもの。近い将来の楽しみをもたらすものであり、失敗した過去を遠ざけて忘れさせるもの。

時のように生きる、というイメージには、良き教訓があるんだろうとおぼろげに感じ始めています。はい。もうすぐ38歳です。